見えるゆゑ。お紛れになるやうに、して上げましてくれとのお詞。てうど幸ひの年の市、私どもは格別の買ものもござりませねど。あなたさまのお供がいたしたさの思ひ立ち。せめて半町でも、外へ出て御覧あそばしませ。きつとお気が替はりませう。その上でよくよくおいやな事ならば、どこからなりとも帰りませう。無理に浅草までとは申しませぬ。さあさあちやつとお拵らえ』と。この細君が勧め出しては、いつでもいやといはさぬ上手。引張るやうに連れ出して『いつお気が変はりませうも知れませぬゆゑ。ちと廻りでも、小川町の方へ出まして、賑やかな方から参りませう』と。先に立つての案内顔。三は後からいそいそと。お蔭で私もよい藪入[#「藪入」は底本では「籔入」]が出来まする。実はこの間から、お正月に致しまする帯の片側を、買ひたい買ひたいと思ふてゐましたを、寝言にまで申して。奥様のお笑ひ受けた程の品。成らふ事なら失礼して、今晩買はせて戴きましたい。お二方様のお見立を、願ひました事ならば、それで私も大安心。在処の母が参つても、これが東京での流行の品と、たんと自慢が出来ますると。いふに、おほほほほと太田の妻が『まあ仰山な、お園様、あれをお
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