聞きあそばしましたか。あの口振りでは、大方片側で、二三十円は、はづむつもりと見えました。それではとても外店の品では三が気に入りますまい。なふ三、それでは越後屋へでも行かうかや』と。何がなお園を笑はせたき、詞と機転の三が受け『はいはい越後屋でも、越前屋でも、そこらに構ひはござりませぬ。私が持つてをりまするは、大枚壱円と八拾銭。後はすつかり奥様が、お引受け下されませう。ねえ御新造様、あなた様も、お口添下されませ』『まあ呆れた、年の行かないその割には、鉄面《あつかま》しい女だよ』と。二人が笑ふに、お園まで、しばしは鬱さを忘れて行くに。いつしか、九段の下へ出たり。あれ御新造様、あの提燈が、美しいではござりませぬかと。三が詞に、義理一遍。なるほどさうでござんすと、お園も重たい頭を挙げて、勧工場の方を見遣りし顔を。横より、しつかと、照らし見て。まあ待ちねえと。大股に、お園が前へ立ちはたかる、男のあるに、ぎよつとして。三人一所に立止まり、見れば、何ぞや、この寒空に、素袷のごろつき風。一|歩《あし》なりとも動いて見よと、いはぬばかりの面構え。かかり合ひてはなるまいと。年嵩だけに、太田の妻が、早速の目配
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