々の評判が、廻り廻つて、奥様の、耳へは、大きく聞こえてゐる。やれ孕んだの、辷つたと、どこから、噂が這入るやら。何でもそこらで、見たものが、あるとの手蔓を、手繰り寄せ。己れさへ知らぬ事までも、いつか知つての大腹立ち。己れは一度も供せぬと、いふても聞かぬ気の奥様。今日この頃では、全くの、気狂《きちが》ひを見るやうに、そつちも、ぐるじやと、大不興。知らぬが定なら、これから行つて、どこなりと探し当て、お園をこれで殺してと。まあさ、そんなに、真青な顔をせぬがよい。何の己れがその様な、無暗な事をするものか。生命が二ツあつたら格別、一ツしかない身体では、そこまでは乗込まぬ。小使銭に困つた時、ちよつくら、御機嫌とつたのが、今で思へばこの身の仇。飛んだ事まで頼まれて、迷惑は己れ一人。否といふたら、自分の手で、探し出しても、殺してみせると、いはぬばかりの見幕を、知つてはお前が気遣はしさ。まづはいはいと請合つたも、お前の了簡聞いた上、二度と邸へ帰らぬつもり。まづその事は擱《さしを》いて、奥様が頼んだ証拠これ見や』と。懐探つて取出すは、かねて見知りし、鹿子が懐刀。お園を威赫《おど》かす材料《たね》にと、鹿子を
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