てさせませう』と。すごすご立つを、まあ待ちやと、鹿子は留めて。両頬に、ふりかかりたる後れ毛を、じつと噛みしめ口惜し泣き『かうなるからは詮方がない。お前に暇を出したとて、お松の口が塞がぬ上は、やつぱり嘘が真実《まこと》になる。さうでなうても、この間から、衆婢《みんな》が可恠《あやし》う思ふてゐる、素振りが見えるに、なほの事、腹が立つてたまらなんだも。かうした訳に落ちてゆく、因果の前兆であつたやら。これもやはり旦那のお蔭。お前は怨まぬ、了簡据えた。いふものならば、いはせておき、行くところまでは、行てみるつもり。お前もこれからその気[#「その気」は底本では「そ気の」]になつて。まさかの時の力になりや』と。思ひの外の道行が、お園の方へこれ程に、はかどつた事ならば、とうに成仏しやうもの。やはりこれでは、どこまでも、慾を道連れ、赤鬼の、役目を勤めざなるまいと。肚《はら》に思案の吉蔵が、表面《うはべ》ばかりの喜び顔『それ程までに吉蔵を、思召して下さるからは、滅多に置かぬ、狂言ながら、かうも致してみましうか』と。鹿子の耳へ吹込みし、『工《たく》みは何よりそれがよい。それでは、お園の旧夫《おつと》とやら
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