、ほんの、奥様の、一了簡でいつたといふ、証拠はこれまで、いくらもあらあな。六十になる、八百屋の、よたよた爺《おやじ》から、廿歳にしきやならない、髪結の息子まで、およそ出入りと名の付く者で、独身者とある限りは。奥様の悋気《りんき》から出る、世話焼きの、網に罹つて、誰一人。先方《さき》じや知らない縁談を、お前の方へ、どしどしと、持込まれない者はないので、知れてもゐやう。己れもやはりその数に、漏れなかつたは、有難迷惑。とんだ道具に遣はれて、気耻しいとこそ思へ、それを根に持つ、男じやない。その証拠には、お園さん、今日はお前の力にならふ、すつかり、苦労を打明けな。隠すたあ、怨みだぜ』と、手の裏返す口上に、気は許さねど、張詰めし、胸には、胼《ひび》の入り易く。じつとうつむく思案顔。沈黙つてゐるは、しめたものと、吉蔵膝を前《すす》ませて『そりやあ、己れも知つてるよ。いくら奥様が、どんな真似して騒がうとも。真実お前が旦那を寝取る。そんな女子でない事は、それは、己れが知つてゐる。だが此邸《ここ》の奥様の嫉妬ときては、それはそれは、烈しい例もあるんだから、今日は、よほど大事な場合。またここで失策《しくじ》
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