ツ、いはふが。まことお前が朋輩なら、なぜいつか中、奥様が、吉蔵をといつた時、お前は、かぶりを振つたんだよ。それから聞かして貰ひたい』『ほほ改めて、何ぞいの。そんな事も、あつたか知らぬが。私の身上も知つての筈。もう嫁入りは懲りたゆゑ、一生どこへも行かぬつもり。お前に限つた事ではない』『そこでお妾と、河岸を替へたであるまいか』『おほかたさうでござんせう。さういふ腹でいはれる事に、いひ訳をする私じやない。窘《いぢ》めて腹が癒る事なら、なんぼなりとも、窘めなさんせ。どふせ濡衣着た身体。乾さうと思へば、気も揉める。湯なと水なと掛けたがよい』と。思ひの外の手強さに、吉蔵たちまち気を替えて『ハハハ、さう怒られては、談話《はなし》が出来ぬ。今のは、ほんの戯談《じやうだん》さ。邸に居てさへ眼に立つ標致を、人力車夫《くるまひき》の嬶あになんて、誰が勿体ない、思ふもんかといつたらば、また御機嫌に障るか知らぬ。それはそれとしたところで。お前の旧《もと》の亭主といふ、助三さんといふ人にも。この春以来、さる所で、ちよくちよく顔を合はす己れ。未練たらたら聞いても居る。まさかに、そんな、寝醒めの悪い事は出来ぬ。あれは
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