したら。やはり例の富士見町、恠しい家でござりまする。何でも近処の噂では、婢も二人居りまして、贅沢な生活向き。今日は帯の祝とやらで、隣近処へ、麗々と、赤飯配つて廻したとは、何と奥様、驚きますではござりませぬか。先月|彼女《あれ》が出ました晩、旦那が途中でお待受け、私が口を開かされましたが、恠しいどころじやござりませぬ。お腹に赤児《やや》が居ますもの。とうからちやんとお支度が、出来てゐたのもごもつと。これから何とあそばすお心。うかうかなさるところじやない』と、底に一物、吉蔵が、敷居を超えて、じりじりと、焚き付けかけた胸の火《ほ》に。くわつと逆上《のぼ》せて、顫ひ声『うかうかとは、誰の事。お前こそは、二度までも、旦那を途中で遁したは、恠しい了簡、それ聞かふ。おおかたこの間赤坂の、お帰り道が、かうかうと、忠義顔して、いやつたも、何が何やら分りはせぬ。お前一人は、味方ぞと、頼んでゐたが私の誤り。もうもう誰も頼みはせぬ。寄つて掛かつて、この私を、あくまで、馬鹿にするがよい。私は、私の了簡が』と。すつくと立つて、どこへやら、駈出すつもりが、ぐらぐらと、持病の頭痛に悩められ、ばつたり、そこに仆れたる、
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