あの、時計めが気に入らぬ。旦那の留守には、それ見た事かと、いはぬばかりに、きちきちと、私の胸を刻みおる。誰が買ふたと思ふてゐる。旦那の力で買ふたにしても、みんな私が親のもの。恩知らずの時計めが、六時を廻つて平気な顔。あのぴかぴかと白いのが、お園の顔に似てゐるやうな。お園も今は、お妾と、誰憚らず、装飾《めか》してゐやろ。今夜も旦那は、またそこにか。いよいよお帰宅《かえり》ないならば、私も腹を極めてゐる。男がようても、器量があつても、深切のない人が、どうなるものぞと思ふても、また気にかかる門の戸が、開いたは確かに腕車《くるま》の音。今夜はさうでもなかつたか。それはそれでも、よい顔を、見せては、たんと、つけ込まれる。知らぬ顔して寝てゐたら、先方から何とかいはんしよと。少しは横に仆《こ》けかけた、腹の中での算段も。がらりと違ふた、吉蔵が、へいただ今と畏る、顔つくづくと、突上げる、痞《つかえ》を抑えて起き直り『旦那はお帰宅ないのかえ』『へい今日も私に、前《さき》へ帰れと仰しやつたは、確かにさうと勘付きまして。腕車をそつと預けて置き、お跡を追※[#「足へん+從のつくり」、195−4]《つけ》てみま
前へ 次へ
全78ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング