乃公は迷ふたさふなと。巨燵の櫓《やぐら》に額を当てて『ああさて困つた、乃公が身は、家で叱られ、外では酔はされ。たまたまここで寝やうと思へば、たらぬと直ぐに突出される。それならばよい、今から行く。ただし家へは帰るまい、泊る処で、泊る分』と。すつくり立つを真に受けて『何のまあ勿体ない。外へお泊りあそばすに、ここを否とは申しませぬ。御恩を受けたこの身体、何のここが私の住居と申すでござりましよ。ただ何事もあなた様の、お心任せを、とやかくと、お詞返し上げますも、お家のお首尾がお大事さ』『ふふむ、それではこの乃公を、とても家内に勝れぬものと、見込を付けての意見かい。汝の目にも、それほどの、意気地なしと見えるのも、思ふて見れば無理はない。かうして苦労をさせるのも、やつぱり乃公が届かぬゆゑ。さあ改めて謝罪《あやま》らふ、許してくれ』との、むつかりは、胸に一物、半点も、足らぬものないこの生活《くらし》。結搆過ぎた、身の上に、させて貰ふた方様に、さういふお詞戴いては。どうでも済まぬこの胸を、割つてはお眼に掛けられず。はつあ詮方《しかた》がない、どうなとなろ。一夜をお泊め申すのが、さうした罪にもなるまいと。
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