てゐるか』『はいそれは台所の方に伏せつてをりますれど。眠い盛りの年頃とて、ついした事では眼が醒めませぬ。ちよつと頼んで参りませう』と。立つを止めて『いや待て待て。知らずばてうどそれでよい。李下の冠、瓜田の沓。這入て見るも可恠《おかし》なものと、思はぬではなかつたが。ついこの外を通つたゆゑ。尋ねてみたい気になつたも、一ツは家へ帰るがいや。汝はなにかを知つてもをれば、少しも隠さぬ、察してくれ。遅刻《おそ》いついでに、今夜はここで、一寝入して行かふ。思ひ出してもうるさい』と。天晴れ男一人前、二人とはない立派なお方が。これほど御苦労あそばすが、おいとをしいとはかねてより、思ふた事も、いはれて見れば。ほんにさようでござりますると、いふてよいやら、悪いやら。ともかく勧めてお帰し申すが、お身の為ぞと、怜悧《さか》しき思案『この身風情がとやかくと、申し上げるも恐れますれど。それでは奥様、なほの事、お案じでもござりましよ。少しおあたりあそばしましたら、お帰りがお宜しかろ。奥様とても、さうさうは、おむつかりもあそばすまい。お寒うないやうあそばして』と。いふ顔、つくづく美麗しい、この心ゆゑ忘られぬ。どふやら
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