てこいまかせと追ふてゆく。したり顔には引替えて。鹿子はさすが女気の、空恐ろしき成行きに、なりもやせむかと気遣はしさ。重ねて追手出したいにも、広い邸に我一人、払ふた邪魔が、今更に、待遠しくも思はれぬ。
第三回
昼はさしもの人通り、本郷神田小石川、三区の塵に埋まる橋も。今は霜夜の月冴えて、河音寒き初更過ぎ。水道橋の欄干に、身を寄せ掛けたる一人の婦人。冷やかなる、月の光を脊に受けて、あくまで白い頸《えり》もとの、これにも霜の置くかと見えて、ぞつとするほど美麗しきを、後れ毛に撫でさせて、もの思はしげに河面を覗き込む様子に『もしお前さん、まさか身投げじやありますまいね』『知れた事さ。今時分、こんな所で、死ぬ奴があるものか』『でもお茶の水の一件から、何だかこの辺は不気味でね』『さうさ、女もお前のやうなのだと、どこであつても大丈夫だが。美《い》い女は凄いものさ』『人をツ、覚えてるから好い』と、戯れながら行く男女のあるに。じつと跡を見送りて。ほんに思へば、世はさまざまや。我は生きるか、死ぬる瀬に、立往生のこの橋を、おもしろをかしふ渡つて行く、人を羨む訳でなけれど。私も一旦夫と定めた助三さん
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