し、幾度か沈吟の末『誠にどうも、気の毒な訳ではあれど、近い内、邸を出てはくれまいか』と。いひ放ちたる澄の顔には、みるみる憐れみの色動けど。頭を下げたるお園には、声なき声の聞き取れず。はつと思ふか、思はぬに、はや先立ちし、涙の幾行。これでは済まぬも、飲込んで、はいとばかりは、潔く、いひしつもりも、唇の、顫かかるに咬みしめて、じつとうつむく、いぢらしさ。澄は見るに堪えかねて、わざと瞳光《ひとみ》を庭の面に、移せば折しも散る紅葉、吹くとしもなき夕風に、ものの憐れを告げ顔なり。
表門《おもて》の方には、奥方鹿子、忍びやかなる御帰宅《おんかへり》。三十二相は年齢の数、栄耀の数の品々を、身にはつけても、埓もない、眼鼻は隠れぬ、辛気さに、心の僻みもまたひとしほ。色ある花の一もとを、籬に置くのは気がかりな。床のながめとならぬ間に、どこぞへ移し植ゑたしの、心配りや、気配りも、空《あだ》に過ぎるも小半歳。思へば長い秋の夜の、苦労といふはこれ一ツと。添寝の夢も、団《まどか》には、結びかねたるこの頃に、深い工《たく》みの紅葉狩。かりに行て来て、帰るさの、道はさながら鬼女の相。心の角を押隠す、繻珍の傘や、塗
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