介申すと。戯れて、笑はすつもりも、御念が入つては。苦笑さへ出来かぬる、この場の始末に、一坐の面々、顔見合はせて、笑止がる。中にも上坐の某が。これこれ君はどうしたものだ。またまた例の悪酔か。それも好けれど、その様に、人身攻撃に渉つては、一坐の治安、捨ててはおけぬ。衆議に問ふて、予戒令。退去さするといふ筈ながら。酔ふた酒なら、醒めもせう。醒めての上の宣告と、ここは我等が預かるから。まあ深井君坐したまへ。僕が代はつて謝罪いふ。先づ罰杯をくれたまへ、これ女ども酌せぬか。何をきよろきよろ馬鹿吉めが、山の手芸者と笑はれな。腕の限りを見てやらふ。小蝶は踊れ、駒はひけ。追付け春の柳屋糸めも、年末の吉例に、五色の息を吐かしてやらふと。さすがは老功老武者の、持ち直したる一座の興。この図を外さず、全隊が総進撃と出掛けやう。部署を極めるは、野暮の極。思ひ思ひの方面へ、突貫せよと、異口同音。散会ぞとは、いはれぬところへ、虚勢を張つて、途から、そつと、逃げて帰ぬ、粋の上ゆく粋あれど。澄は日頃|金満《かねもち》の、細君故の、逃げ足を、知つたか、知つた、遁がすまい、よし来た合点、妙々と。いひ合はさねど、四五人が、ぐるりと四方を、取巻いて。一所に行かふと眼を離さず。前から引くもの、背後《うしろ》から、押しては危険《あぶな》い。帽子が脱げた、下駄が見えぬの、大悶着。おほほまあ、お危険い、そんなにあなたなさらずとも、出口は一ツでござりまする。と女中の挨拶口々に、へい有難う、お静かにと、見送る前へ、挽き出した、四ツ目の紋の提燈は、確かに深井が抱えの腕車《くるま》と。気早き一人が声掛けて。おい君これは帰すがよい。我等は、未だに揃ひも揃ふて、辻車に飛乗りの、見すぼらしい境涯を、君だけそれでは義が立つまい。ぜひそこまでは、交際《つきあひ》たまへ。然り然り大賛成。おい車夫、奥様にさういふてくれ。今夜は旦那を一晩借りる、きつと迷子にささぬやう、明朝は、みんなで送つて行くと。忘れずにいふんだよ。ハハハハハ、さあ君これで、君が身体はこつちのもの。謝罪は我等が引受けた。よしか車夫、さういへと。右左より引張るに、引かれて行くのも本意ならねど。強ひて否まば、前刻の、恥辱を、実にする道理と。酔ふた、頭脳に、ふらふらと、足はいづれへ向きしやら。銀燭|眩《まばゆ》き小座敷へ、押据えられしと思ふ間に。奇麗な首が五ツ六ツ。しやんしやん
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