議なことがあるもの、とは考えましたものの、まさか、家の中にあったものを、警察へおとどけするのも、どうかと存じましたし、それに、あれほども高価なものとはゆめにも考えませんでしたので、箪笥《たんす》の小引出しに、入れたまま、忘れるともなく、忘れていたのでございました。
こうした出来ごとがございましてから、二、三日も過ぎた頃でございましたか、何も、これほどのことを、出来ごとなぞと申すのも変でございますが、新しい、お弟子いりがあったのでございます。これが、いつもの様に、お子供衆でございましたら、別に、変わったことではないのでございますが、何分にも、相手がお年をめされた方それも、大家の御隠居さまとも、お見うけするような御仁《ごじん》でございましたので、私たちにいたしますれば、正《まさ》しく、一つの事件には相違なかったのでございます。
それは、二、三日もの間、降りつづいた、梅雨《つゆ》のように、うっとうしい雨が、からりと晴れて、身も心も晴々とするような午後のことでございました。お稽古も、一と通りすみまして、ほっと、大きな息をしたところでございました。
「ごめんくださいませ」
と、いう丁重
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