《ていちょう》に訪れて来られた方がございました。年の頃は五二、三、着物の好みは、あくまで、渋い、おかしがたい気品あるうちにも、何かしら昔を思わせる色と香のまだ消えやらぬ、どこか大家の御隠居さま、と感じられるお方でございました。
「御都合がおよろしい様でございましたら、しばらく、お稽古して頂きたいと存じますが」
 と、かように申されたのでございます。私にいたしましては、もとより、異存《いぞん》のある筈はございません。
「お稽古と申しましても、ほんの、お子供衆のお手ほどき、それでもおよろしい様でございますれば」
 と、お受けしたのでございました。私は最初の内、そうした身分の方でございますれば、わざわざ私たちの様なところへお越しになるのも、不審といえば、不審なこと、何故にまた、お宅へ名ある師匠をお呼びよせにはならないのであろう、と考えたのでございました。しかし、段々と、お話を承《うけたま》わっていますと、それにも道理のあること、と合点《がてん》したのでございます。この方は、私が最初に推量いたしましたように、名ある資産家の御隠居さまでございました。お宅は芦屋《あしや》の浜にございましたが、お若
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