姿も、怨霊《おんりょう》ではありはすまいか――私は、かようなことをも考えながら、おののいていたのでございます。それと申しますのも、私たちの土地では、昔からのいい伝えがございまして、自分の姿が見えると、それは、近いうちに死ぬるしらせであるというのでございます。私は、こうした、いい伝えが、私の場合には、言葉の通りに、実現される様な気がいたしまして、何とも言いようのない恐怖に似たものを感じつづけていたのでございます。そうした訳で、お稽古は少しも手につきません、お弟子さん方のお稽古はお母さんに、お頼みいたしまして、私は気分が悪うございますのでとかように申し、四、五日も、床についていたのでございます。
 しかし、五日と経ち、十日と暮しておりますうちに、こうした事も、つい忘れてしまいまして、二週間余りの後には、悪夢から覚めきったように、私の頭からは、もう、すっかり、あの、私の影も姿も消えさってしまったのでございました。時として、あの不気味な瞬間を思い出す事がございましても、
(あの時は、お天気の加減で、頭が変になっていたのではないのかしら)
 なぞと、考える様になっていたのでございます。しかし、そ
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