ている私を振りむきもせず、その第二の私は、階段を音もなく昇り、かき消すように、姿を消してしまったのでございます。
二
恐怖にうちのめされ、慄然《りつぜん》たる悪寒《おかん》に身体を震わせながら、それからの四、五日間を、私は、自分の前に現われた自分の姿のことばかし考え乍《なが》ら、過ごしたのでございました。ご存じでもございましょう、常磐津の浄瑠璃《じょうるり》に、両面月姿絵《ふたおもてつきのすがたえ》、俗に葱売《ねぎうり》という、名高い曲でごさいまして、その中に、おくみという女が二人現れ、
常※[#歌記号、1−3−28]もし、お前の名は何と申しますえ
※[#歌記号、1−3−28]あい、私ゃ、くみというわいな
常※[#歌記号、1−3−28]して、お前の名は
※[#歌記号、1−3−28]あい、わたしゃくみと言うわいな
常※[#歌記号、1−3−28]ほんにまあ、こちらにもおくみさん。こちらにもおくみさん。こりゃまあ、どうじゃ。
と、驚くところがございます。この一人は、実在の人物、そしていま一人の方は、悪霊《あくりょう》なのでございます。これと、同じ様に、私が見ました自分の
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