所車を弾きまして、御隠居さまは、小さな声でおうたいになりながら、
「ねえ、千代ちゃん、あなたに教わって、すっかり上手になったでございましょう」
 と、静かに、お笑いになるのでございました。

 御隠居さまは、いつも私を、千代ちゃん、千代ちゃんと、それはそれは、親身の伯母であっても、こうまではいって下さるまい、してくださるまい、と思うほど、私を大切にして下さいました。私も心から伯母さまと呼びまして、部屋の女中までが、
「ほんに、お睦《むつま》じいことで、お羨ましく存じます」
 と、一度ならず、二度までも、私達を前にして、さも、うらやましげに、申した程でございました。

     四

 私たちのお部屋は、静かな離れ座敷でございまして、三方には中庭を控え、夜なぞ、本館の方から洩れてくる部屋部屋の火影《ほかげ》が、植込の間にちらちらと見えるかと思えば、庭の木立の上からは、まっ白いお月さまが、そっと、のぞき込むのでございました。――のぞきこむ、と申しますれば、私たちのお部屋は、いま申しましたように、ほとんど中庭にあるのでございますから、お部屋の障子《しょうじ》を明けておりますれば、時折、お庭掃
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