話いたしていたのでございます。実はあれは、親戚にあたる者でございまして、私の姪に、師匠ほどな手頃の、千代という娘のあった事を知っているのでございます」
 と、こう申されたのでございました。それから、幾度《いくたび》も、あの千代が生きていましたら、ほんとに師匠ほどでございます。そういたしましたら、私も生き甲斐《がい》があるのでございますが、三年前に死にましてからは、ほんとに、世を味気《あじき》なく暮して参りました。しかし師匠にお稽古して頂く様になりましてからは、すっかり、この世が明るくなった様に感じまして、自分ながらに、大変、喜んでおります。と、こんなことを申されたのでございます。

 温泉宿の生活と申しますれば、どこでも、そうでございましょうが私たちも、ただ、御飯をいただいて、お湯に入ることだけが、一日の仕事でございました。もっとも、日の光が、お部屋いっぱいに差しこむ、うららかな朝、かおりの高い、いで湯に、ほてった身体を宿のお部屋着につつんで、ほっとしています時など、伯母さまは、よく、
「では、千代ちゃん。何か、おさらいして頂きましょう」
 と、いつも、きまったように、春雨か、または御
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