たしておりますと、こうしたお誘いをよく受けるのでございます。どなた様も、きまった様に、
(師匠のお供……)
とは申されますものの、当然、こちらの方が、おともでございまして、お風呂からお上りになりますと、紺の香も新しい、仕立おろしの宿の浴衣《ゆかた》に着かえまして、さて、
「お師匠さま、こうしていましてもご退屈でございますから、時間つぶしに、何か一つおさらいして頂きましょうかしら」
と、いわれるのでございます。すると、
「ほんに、そういたしましょう」
と、三味線を宿のお女中さんに、おかりいたしまして、お稽古人の機嫌を取りながら、お稽古するのでございます。こうした事は、分限者《ぶんげんしゃ》の御新造《ごしんぞう》さんで隠居さまがたを、お稽古人にもっていられる長唄や清元のお師匠がたには、ありがちの事ではございますもののわたくし風情《ふぜい》の、小唄の師匠にとっては、ほんに、めずらしいことでございました。丁度、それからの、一、二週間は、お稽古は休みでございましたし、母もすすめて呉れましたので、私は、このご親切な申出を、お受けいたしたのでございます。ところが、そうと定《きま》りますと、私へ
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