があのように、よく合うので御座いましょう。どちらかで、気が合わない、と思っていれば、自然と、ああした場合にも、それが現われ、うまく、調子が合わないのでございますまいか」
と、私が、こんなに、申しますと、師匠は頭をお振りになりまして、
「いや、そんなことはございません。私は人間としてのあの人には、嫌悪を感じるのみでございますが、踊り手としての半四郎には、心の奥から頭を下げております。私の弾く三味線は、あの人の人柄とは、何の関係もございません。岩井半四郎という、日本一の踊り手のために、心から弾くのでございますから、呼吸《いき》が合うのでございます。あの人に、あの芸がございませんでしたら、私はああした人は、人類の名誉のためにでも、あの親猿の前で、殺しているでございましょう」
師匠は、こんなことを申されまして、お笑いになったことでございました。
|○|[#「|○|」は縦中横]
大切、娘道成寺の幕は、時間通りに開いたのでございます。舞台は申すまでもなく、所作事にはお定まりのこしらえ――檜の舞台に、書割は、見渡すかぎりの花の山、うっとりと花に曇った中空に、ゆったりと浮び上
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