ございました。私が、不審に存じまして、
「あんな人柄とは、どうしたお方でございます」
と、おたずねいたしますと、
「芸に関する限りでは、私は心から敬服はしておりますものの、とても傲慢な、そして、無慈悲な、人格のないお方でございますよ」
と、こんなことを申されたのでございました。そして、弟子が、舞台でしくじったと云っては、さながら、お芝居を地で行く様な、せめ折檻《せっかん》は常のこと、飼い猫が自分の衣裳を踏んだといっては、しっぽを手に取って、振りまわし、はては見ている者が、思わず、目をおおう様な行いが度々あること。さては、一度も、初日の幕あき前に――これは、ある田舎を廻っていらっした時のことだそうでございますが、裏庭を通って、あげ幕への道すがら、小屋の庭に、はなし飼いにしてございました小猿が、自分の顔を見て、きゃっと、飛びのき白い歯をむき出したとかで、庭さきに置かれてある駒下駄を取りあげると、はっし、とばかり、その小猿の頭に投げつけ可愛そうにも、殺してしまったという様な話さえあるのでございました。お師匠は、この話の後に、言葉をおつぎになりまして、
「あの小猿は、ほんに、可愛そうでござ
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