本一の踊り手というのでございますから、この土地の、お芝居ずきの方々には、それこそ、どうにでもして、出かけねばならないお芝居でございました。
 私のお師匠は、この岩井半四郎一座の座つき長唄の、立三味線を弾いていらっした方でございまして、芸名を杵屋新次と申されました。前ころは、お芝居のほかには、上方のお稽古だけをしていらっしたのでございますが、いつの頃からか、月に十日のお稽古を、こちらでもなされていたのでございます。何分にも、巽検番《たつみけんばん》の指定なさったお師匠でございますので、お稽古人は、ほとんど全部、芸者衆でございました。その中で、わたし一人が、素人の娘でございましたのでお師匠さんの目にも、つい注意されていたのでございましょう。私にはお稽古の合間などに、よく、お芝居の話、それも、座付きになっていらっしゃる、岩井半四郎一座の話をよく、お聞かせ下さったのでございました。そうした、お芝居の話の出た、ある時でございましたが、お師匠が、
「私は、いつも、半四郎師匠の立三味線を弾いてはいますものの、どうも、ああした人がらのお方とは、気が合わないので困ります」
 という様なことを申されたので
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