名の知れない田舎廻りの一座が、小屋にかかりました時でも、入口に現われたお方を見れば、この方は役者の方だ、お囃子方だ――それも、役者のかたであれば二枚目、三枚目、といったことまで、一と目で分るほどでございます。こうした訳でございますから、私が、あすこに頑張っておりました以上、一座の方以外には、誰も、小屋の中、または、楽屋の中へはいられた方は、決して、ある筈がございません。これは、私の白髪首にかけましても、きっぱりと、申上げることが出来るのでございます。あすこから、お這入りになりました方々の順序まで、私はよく憶《おぼ》えております。それ以外には、ほんに、猫の子一匹も通りませぬ。

 あの入口をはいりますと、ちょうど、舞台の裏になるのでございまして、私のいるそばに、すぐと、二階へ通じる階段がございます。この梯子段を昇り切ると、ずっと、廊下になっておりまして、その両側に楽屋部屋が並んでいるのでございます。片側は小屋の表の方向にございますが、廊下をへだてた、その反対がわは、裏手にそっておりまして、窓からは、いまも申しました裏通を見下すようになっているのでございます。この方の側に、杵屋新次師匠と、
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