が生れたのでございましょう。――この玉を引き抜くと、見物衆のお目にかからぬ様に後見に渡すのが、踊られる方のお手際でございまして、後見の方から申しますれば、それを正しく受とるのが役目でございます。ところが、待ちうけている私には、お手渡しになりませず、それを、手に、しっかりと握ったままで、踊りを続けていらっしゃるのでございます。私は、はっと、驚き、思わず、師匠の顔を見上げたので御座いました。すると、目を血走らせ、何事かを、口の中で、呻くようになさっております。私は師匠がまた、お見物衆のことで、何か気に入らぬことでもあるのだろう――と考えながら、そっと耳をかたむけたので御座います。――唄と三味線、そして、鳴物に、ぴったりと合った、日本一の踊りを、おどりながら、半四郎師匠は、口の中で呟くように云っていられます。
『畜生《ちくしょう》……畜生』
――たしかに、二たこと、こう申されたので御座いました。そして、手に握った玉を、後見の私にお渡し下さることか、勢よく、つと、舞台の天井に向って、投げられたことでございました。
このようなことは、あの我儘な、半四郎師匠には、ありがちのことでございました
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