と。そういたしますれば、たとえ私が、あの場合に、自分の撥をもって、舞台の横に立っていたといたしましても、私に何が出来るでございましょう。――鐘が白拍子の上に降り、半四郎師匠が、変化の拵えをされた頃を見はからって、私が撥を投げたのでございましょうか。そして、その撥が、張子の鐘に破れ目もこさえず、飛んで入り、半四郎師匠を打ったのでございましょうか。

        |○|[#「|○|」は縦中横]

 師匠、杵屋新次さまの訊問は、これほどで終ったそうで御座いまして、次には師匠のかわりに、道成寺の立三味線をお弾きになりました、一のお弟子さま――杵屋新三郎さまが取調べをおうけになったのでございました。
        ×
「お師匠、杵屋新次さまの癪は、持病でございまして私でも、いま迄に、一度や二度のご介抱はいたしたことがございます。あの時には、師匠が申されていますように、最初、私をお呼びになったので御座いました。私は、師匠の、ただならぬ呼び声に、気も顛倒いたす思いで、お部屋にかけつけたのでございました。師匠は、三味線と撥を前に置いたまま、横腹をおさえて、とてもな、お苦しみで御座いました。私は、
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