、あの撥とに、どうした関係が御座いましょう。いま、一歩ゆずりまして、私があの時、自分の撥を手にしており、それで、半四郎師匠を傷つけたといたしますれば、あの撥を舞台の上手から投げつけている訳でございましょう。しかし、大入にも近い観客を前にして、どうして、その様なことが可能でございましょう。――また、どうとかした方法で、お客様がたの目を晦《くらま》すことが出来たといたしましても、投げつける時は、あの造りものの鐘が、半四郎師匠の白拍子に、かむさる瞬間にいたさねばなりますまい。そういたしますれば、私の投げた撥が、師匠にあたり、それが原因となって即死された――そして、その瞬間に、上から降りて来た、鐘が、白拍子の姿をかくしたといたしましても、死体は、白拍子の扮装のままでなくてはなりますまい。しかし、事実はそうでございませぬ。半四郎師匠は、変化の拵えを、おすましになったままで、俯伏さっていられたのでございます。そういたしますれば、少くとも、こうしたことが云えるでございましょう、即ち、半四郎師匠は、鐘の中に姿がかくれ、白拍子から変化の拵えに扮装されるまでの間は、あの造りものの鐘の中で生きていられた……
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