っと、舞台の天井に、つり上げられた、造りものの鐘を見上げていたのでございますが、やがては、大道具の一人が、静かに、舞台の上に降ろし、二三人の手で、内部の検証が初まったのでございます。これは、事件後、ものの五分と過ぎない時でございました。しかし、鐘の内部は、何の変ったこともなく、人の姿など、勿論、ございません。これは鐘を下すまでもなく、舞台から見上げた時にも分っていたことでございます。人々は、鐘の内部にしつらえられた棚の上や、隈どりに使用した化粧品までも、たんねんに、手にとって、調べて見たのでございますが、何のこともございません。

 こうした事情でございましたので、事件を解決するには、現場に残された兇器つまり、半四郎が受けた、前額部の外傷に、直接の関係があると考えられる物体――に、総ての人の注意がむけられたのも当然のことでございましょう。この兇器こそ、ほかでもございませぬ、私の師匠、杵屋新次さまの象牙の撥――それも開幕前には、師匠が楽屋で、手にしていらっしたものなのでございます。これは、お弟子さまがたも申され、師匠ご自身も認めていらっしゃることでございますが、これが、鐘をつり上げました
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