のが、それぞれあるのでございます。しかし、大要のことは定まっておりますものの、役者自身に、各々と、独特な隈どりの方法や、技術がございまして、そうしたものは、刀鍛冶の湯加減、火加減と同じように、他の者には、絶対に秘密とされていたのでございます。そうした訳で、半四郎も、このひと独特ともいわれておりました、道成寺の変化の隈どりを、誰にも見せたくはない為に、その扮装の場合にも奈落に降りず、舞台に伏ったままの鐘の中で総ての扮装を、自分ただ一人でなさっていた、と考えられるのでございます。
 こうした訳で、あの造りものの鐘の内部には、扮装と隈どりに必要な化粧品や道具が、棚のようなところに、そなえつけてあり、鐘の頂上には空気ぬきもあけてはございましたものの、もちろん、人の出入りするほどの大きさもございませんので、そこから人が入ったとも考えられません。もし、たとえ、どうにかして、舞台の上につり下げられた鐘の内部に、犯人が隠れており、半四郎に危害を加えたとしましても、どうして逃げ去ることが出来ましょう。――長唄の囃子、鳴物入りの、絢爛たる舞台の真中に伏せられた鐘の中の殺人。よし犯人が鐘の中に、ひそんでおっ
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