自分の過失とは云え、余りもの無体に、主人を呪って、芝居がはねた、その夜、奈落の片隅に、縊《くび》れて死んだ。――すっぽんから、奈落に降りる半四郎の目に、その男の怨めしげな、姿が見えるのだ――それがために、娘道成寺の出し物がある時には、決して、奈落へ降りないのだ――と、いうような噂でございました。これは、よくある奈落につきものの怪談と、半四郎とを結びつけたあまりにも、穿ちすぎた考えと思えるようで御座りまして、結局は、半四郎が、家に伝る、蛇体の隈どりを誰にも見せたくなかった――見せないがために、後見さえも退け、舞台に伏った、造りものの、鐘の中を、密室のつもりで、自分の姿を誰にも見せず、後見の目さえも逃れて、隈をとっていた、と考えられるのでございます。――この隈と申しますのは、いうまでもなく、扮粧《つくり》をいたします際に、面を彩る種々の線に過ぎないのでございますが、色彩の点から申しても、紅隈《べにくま》、藍隈《あいくま》、墨隈《すみくま》というように色々ございますし、形から申しましても、筋隈、剥身、火焔隈、一本隈、というように、化身、磐若《はんにゃ》、愛染というような役柄に、ぴったりと合う
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