れば、それでは、あの、誰一人と人間のいない、造りものの、鐘の中で、そうした原因を作る誰人《たれ》がいたのであろうか――加害者は誰であろう――と、声をおひそめになるでございましょう。
「それが、さっぱり、見当もつきませぬ」
 と、お答えいたしますと、
「それでは、変化の隈《くま》どりと、扮装の後見をしたのは誰であろう。その人達が、第一に嫌疑をうけねばならないのではあるまいか」
 ――と、重ねて、仰せになるでございましょう。しかし、あの扮装には、後見は一人もついていなかったのでございます。

        |○|[#「|○|」は縦中横]

 ご存じになりますように、娘道成寺の所作事で、白拍子の鐘入りになりますと、その役者は、蛇体に扮装いたしますためと、顔の隈をとりますために、すっぽん[#「すっぽん」に傍点]から、奈落へ抜けまして、半四郎のような名代役者でございますれば、四五人もの後見の手をかりて、隈どりをしたり、変化のこしらえをしたりするのでございます――つまり、舞台に伏せられた鐘の中で扮装をせずに、すっぽんから、舞台下に抜け、そこで総ての用意をすませて、時間がくれば、またもとの、鐘の中
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