用心なさいませよ」
と、微笑まれました。
幸吉さんが二階へ上られてから、五分間余りも、お稽古の声も、三味線の音も聞えて参りません。私は、お師匠さんと幸吉さんが、世間話でもされているのだろう、と考えていましたが、それにしても、三味線の調子を合せる音も聞えないのは、どうしたことであろう――何をしていられるのだろう、と、淡い腹立たしさのようなものを感じました。が、次の瞬間に、これが、嫉妬というものでもあろうか、と気付き、思わず、顔を赤らめたのでございます。健さんと光子さんは、そうした私にもお気づきにならず、目と目で、一所にかえる御相談か、何かを、されていた様でございます。その時でございました。幸吉さんの、
「わあッ――」
と、いう様な叫び声が聞えまして、
「師匠が、師匠が……」
と、云いながら、梯子段を、ころげる様に、降りて来られたのでございます。
「何、何ごとです」
私達は、声をそろえて、こう申しました。小母さんも、健さんも、光子さんも、すっかり、驚かされまして、皆が思わず立ち上ったのでございました。
「師匠が……師匠が……」
階段を下りきったところで、幸吉さんは、べったりとす
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