。それに、今日は、また、お珍しく、お早いお稽古で」
「ええ、実は横町のお米屋さんからの、御注文を届けに参るところでございますが、かえりに寄って混んでいると悪いと思って、寄せていただきました。しかし、あなたがた、もう、おすみになったのでございますか」
 と、私たちの方をむかれました。私は、
「光子さんと健さんはお済みになりました。わたし、まだでございますけれど、お急ぎの様でしたら、どうか、お先きに……かまいませんのよ」
 こう、申しますと、幸吉さんは、
「そうですか。ほんとに、よろしいのですか。では、厚かましいですけれど、先にさして頂きます」
 と、急いで、座を立たれました。その時、小母さんは二階から降りて来られました。幸吉さんは梯子段の下で、小母さんが降りられるのを待っていられましたが、顔を見ると、
「小母さん、今日は」
 と、声をかけられました。
「一寸、用事がありますので、広子さんに、順番をかわって頂きました」
 すると、小母さんは、何時もの様に、愛想よく、
「そうでございますか」
 と、申されましたが、声を低《ひ》くめて、
「今日は師匠の御気嫌が、とても悪い様でございますから、御
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