の外には誰とて人は御座いません。しかし、勧進帳の唄をあげられたばかりの光子さんが、まだお稽古されていない、勧進帳の三味線を御存じの筈は御座いません。……
 が、あの、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官おん手[#「おん手」に傍点]を取り給い
 と、いうところを、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官その手[#「その手」に傍点]を取り給い
 と、唄われたことを考えますと、
 光子さんは、師匠殺害の計画をたてられた後、ひそかに第二の師匠のもとで、前もって勧進帳の唄も三味線も、教わっていられたのではございますまいか。そうすればあの時に死体を前にして、師匠の替りに自分が三味線を弾き、お稽古をうけている風を装うて、自分一人で唄っていられた……
 しかし、第二の師匠は、たまたま改正された文句、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官その手[#「その手」に傍点]を取り給い
 と教えていられたので、わざと、その個所を二三度くり返している内に、つい、その癖が出て、後の様に唄い、自分でも気付かずに、そのまま先に進んで行かれた――と考えられるで御座いましょう。しかし、そうといたしましても誰が師匠を殺したのでござい
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