−3−28]判官その手[#「その手」に傍点]を取り給い
と、唄ったままで、進んで行かれたのでございます。そうすれば師匠は、この間違いに気付かれなかったのでございましょうか? 三度も、繰返して唄いなおす様に云われて光子さんの唄に耳をかたむけていられた筈の師匠が、四度目に、唄の文句が間違って唄われているのにも気付かずに三味線を弾いていられたのでございましょうか、名のない端唄のお師匠でもあれば、とにもかく、かりにも名取さん、それも、お若いのに似合ず、芸に関する限りでは、随分とお弟子さんに厳しかった師匠が、そうした、取んでもない間違いに気付かれなかったのでございましょうか。そんな事は、決してある筈はございません。そうすれば、その時には――即ち、光子さんにお稽古をされていた時には――どうしていられたのでございましょう! 眠っていられたのでございましょうか。いいえ、そんな事は絶対にございますまい。そうすれば、若しか……死んでいられたのではございますまいか! 若し、光子さんが、死体になった師匠を前にして、お稽古をされていたものとすれば、三味線は誰が弾いていられたのでございましょう。もとより光子さん
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