誰かが叫んだ。しかし、婦人は二人気絶していた。スパルミエント夫人も失神せんばかりになって、真蒼《まっさお》な顔色をしてぶるぶる震えながら夫の腕にすがりついていた。男達も皆顔色を失ったり、カラーをゆがめたり、ちょうど格闘のあとのような様であった。
 それらの人々は、みんなかの錦の壁布の盗まれたものだと思っていたのに、壁布は元のように壁に掛っているのが、何だかおかしいくらいに思えた。
 その他にも人間より他に動いたものは何もない。高価な額も無事に掛っている。それにあんなに家中が真暗になったり電鈴が鳴りひびいたりしたけれども、出入を警戒した探偵等には何の異変をも認めることは出来なかった。一人だって外から入った者も無ければ、また入ろうとした者もない。
 大佐はようやく愁眉《しゅうび》を開いて、
『ベルの装置は陳列室の窓ばかりですし、それにその仕掛を知っているのは私一人ですがそれを締め直しておかなかったのです。』
 来客は声をあげて打笑った。そして誰も今自分等がとった周章狼狽《しゅうしょうろうばい》のありさまを極り悪く思って笑い濁した。でも何だか急に空気が重苦しく感じて、みんな一時も早くこの家を
前へ 次へ
全37ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
婦人文化研究会 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング