竜之助の女房のようになっているお浜という女――最初に文之丞の内縁の妻だった――が言っている。奥多摩生れの女の言葉が、「日影者になつてしまひましたわねえ」なんぞは、なかなか洒落《しゃ》れている。時代論のほかに、なおそこに興味を感ずる。「ホントに忌《いや》になつてしまふわ」(八四頁)も同様に眺められる。そのほか、この女は盛んに現代語の甘ったるいところを用いていますが、面倒だから一々は申しません。
 この竜之助が侘住居をしているのは、どういうところかというと、「芝新銭座の代官江川太郎左衛門の邸内の些やかな長屋」と書いてある。そうして竜之助は、江川の足軽に剣術を教えている、というのです。代官の江川の屋敷が、芝の新銭座にあったかどうか、私は知りませんが、代官の屋敷に足軽がいましたろうか。そうしてまたその足軽に稽古させるために、剣客を抱えておくというほどのことがあったろうか。無論聞いたこともないが、何だか非常にそらぞらしく聞える。
 それからまだこの間に、言葉としてわけのわからないのがあるけれども、それは飛ばして九四頁になります。島田虎之助という人の撃剣の道場へ、竜之助が行ったところの話で、「若し
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