自分は寝床の中にぐっすり睡っていて、寶兒もまた自分の側《そば》にぐっすり睡っている。寶兒が覚めれば一声「媽《マ》」と言って、活きた竜、活きた虎のように跳ね起きて遊びにゆくに違いない。
隣の老拱の歌声はバッタリ歇《や》んで咸亨酒店は灯火《あかり》を消した。單四嫂子は眼を見張っていたが、どうしてもこれがあり得ることとは信ぜられない。鳥が鳴いて東の方が白みそめ、窓の隙間から白かね色の曙の光が射し込んだ。
白かね色の曙の光はまただんだん緋紅色《ひこうしょく》を現わした。太陽の光は続いて屋根の背を照し、單四嫂子は眼を見張ったままぽかんと坐っていると、門を叩く音がしたので、喫驚《びっくり》して急いで門を開けた。門外には見知らぬ男が、何か重そうなものを背中に背負って、後ろには王九媽が立っていた。
おお、彼は棺桶を舁いで来たのだ。
半日掛りでようやく棺桶を蓋《ふた》することが出来た。單四嫂子は泣いたり眺めたり、何がどうあろうとも蓋することを承知しない。王九媽達は面倒臭くなり、終いにはむっとして、棺桶の側《そば》から彼女を一思いに引剥がしたから、そのお蔭でようやくどたばたと蓋することが出来た。
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