気をつけて様子を見た。いくらか楽になったらしいが、午後になってたちまち眼を開き
「媽《マ》……」
と一声言ったまま元のように眼を閉じた。睡ってしまったのだろう。しばらく睡ると、額や鼻先から玉のような汗が一粒々々にじみ出たので、彼女はこわごわさわってみると、膠《にかわ》のような水が指先に粘りつき、あわてて小さな胸元でなでおろしたが何の響もない。彼女はこらえ切れず泣き出した。
寶兒は息の平穏から無に変じた。單四嫂子の声は泣声から叫びに変じた。この時近処の人が大勢集《あつま》って来た。門内には王九媽と藍皮阿五の類《るい》、門外には咸亨の番頭さんやら、赤鼻の老拱やらであった。王九媽は單四嫂子のためにいろいろ指図をして、一串《ひとさし》の紙銭を焼き、また腰掛二つ、著物五枚を抵当《かた》にして銀二円借りて来て、世話人に出す御飯の支度をした。
第一の問題は棺桶である。單四嫂子はまだほかに銀の耳輪と金著《きんき》せの銀|簪《かんざし》を一本持っているので、それを咸亨の番頭さんに渡し、番頭さんが引受人になって、なかば現金、なかば掛で棺桶を一つ買い取ることにした。藍皮阿五は横合いから手を出して「そん
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