い女の一人だったから、この「しかし」という字の恐ろしさを知らない。いろんな悪いことが、これがあるために好くなり変ることがある。いろんな好いことがこれがあるためにかえって悪くなり変ることがある。夏の夜《よ》は短い。老拱等が面白そうに歌を唱い終ると、まもなく東が白み初《そ》め、そうしてまたしばらくたつと白かね色の曙の光が窓の隙間から射し込んだ。
 單四嫂子が夜明けを待つのはこの際他人のような楽なものではなかった。何てまだるっこいことだろう。寶兒の一息はほとんど一年も経つような長さで、現在あたりがハッキリして、天の明るさは灯火を圧倒し、寶兒の小鼻を見ると、開いたり窄《すぼ》んだりして只事でないことがよく解る。
「おや、どうしたら好かろう。何小仙の処で見てもらおう。それより外に道がない」
 彼女は感じの鈍い女ではあるが心の中に決断があった。そこで身を起して銭箱《ぜにばこ》の中から毎日節約して貯め込んだ十三枚の小銀貨と百八十の銅貨をさらけ出し、皆ひっくるめて衣套《かくし》の中に押込み、戸締をして寶兒を抱えて何家《かけ》の方へと一散に走った。
 早朝ではあるが何家にはもう四人の病人が来ていた。彼女
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