て、どんな味がしたのだがまるきり忘れていると、眼の前にただ一枚の空皿《あきざら》が残っているだけで彼の側《そば》には父親と母親が立っていた。二人の眼付《めつき》は皆一様に、彼の身体に何物かを注《つ》ぎ込み、彼の身体から何物かを取出そうとするらしい。そう思うと抑え難き胸騒ぎがしてまた一しきり咳嗽込んだ。
「横になって休んで御覧。――そうすれば好くなります」
小栓は母親の言葉に従って咳嗽|入《い》りながら睡った。
華大媽は彼の咳嗽の静まるのを待って、ツギハギの夜具をそのうえに掛けた。
三
店の中には大勢の客が坐っていた。老栓は忙しそうに大薬鑵《おおやかん》を提げて一さし、一さし、銘々のお茶を注《つ》いで歩いた。彼の両方の※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》は黒い輪に囲まれていた。
「老栓、きょうはサッパリ元気がないね。病気なのかえ」
と胡麻塩ひげの男がきいた。
「いいえ」
「いいえ? そうだろう。にこにこしているからな。いつもとは違う」
胡麻塩ひげは自分で自分の言葉を取消した。
「老栓は急がしいのだよ。倅のためにね……」
駝背の五少爺がもっと
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