抜きで、暗紅色《あんこうしょく》のふちぬいの中にあることを知った。一時足音がざくざくして、兵隊は一大群衆に囲まれつつたちまち眼の前を過ぎ去った。あすこの三つ二つ、三つ二つは今しも大きな塊りとなって潮《うしお》のように前に押寄せ、丁字街の口もとまで行くと、突然立ち停まって半円状に簇《むらが》った。
 老栓は注意して見ると、一群の人は鴨の群れのように、あとから、あとから頸《くび》を延ばして、さながら無形の手が彼等の頭を引張っているようでもあった。暫時静かであった。ふと何か、音がしたようでもあった。すると彼等はたちまち騒ぎ出してがやがやと老栓の立っている処まで散らばった。老栓はあぶなく突き飛ばされそうになった。
「さあ、銭と品物の引換えだ」
 身体じゅう真黒な人が老栓の前に突立って、その二つの眼玉から抜剣《ぬきみ》のような鋭い光を浴びせかけた時、老栓はいつもの半分ほどに縮こまった。
 その人は老栓の方に大きな手をひろげ、片ッぽの手に赤い饅頭《まんじゅう》を撮《つま》んでいたが、赤い汁は饅頭の上からぼたぼた落ちていた。
 老栓は慌てて銀貨を突き出しガタガタ顫えていると、その人はじれったがって

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