4]《ほのお》が渦を巻き起し、一種異様な薫りが店の方へ流れ出した。
「いい匂いだね。お前達は何を食べているんだえ。朝ッぱらから」
駝背《せむし》の五少爺《ごだんな》が言った。この男は毎日ここの茶館に来て日を暮し、一番早く来て一番遅く帰るのだが、この時ちょうど店の前へ立ち往来に面した壁際のいつもの席に腰をおろした。彼は答うる人がないので
「炒り米のお粥かね」
と訊き返してみたが、それでも返辞がない。
老栓はいそいそ出て来て、彼にお茶を出した。
「小栓、こっちへおいで」
と華大媽は倅を喚《よ》び込んだ。奥の間のまんなかには細長い腰掛が一つ置いてあった。小栓はそこへ来て腰を掛けると母親は真黒《まっくろ》な円いものを皿の上へ載せて出した。
「さあお食べ――これを食べると病気がなおるよ」
この黒い物を撮み上げた小栓はしばらく眺めている中《うち》に自分の命を持って来たような、いうにいわれぬ奇怪な感じがして、恐る恐る二つに割ってみると、黒焦げの皮の中から白い湯気《ゆげ》が立ち、湯気が散ってしまうと、半分ずつの白い饅頭に違いなかった。――それがいつのまにか、残らず肚《はら》の中に入ってしまって、どんな味がしたのだがまるきり忘れていると、眼の前にただ一枚の空皿《あきざら》が残っているだけで彼の側《そば》には父親と母親が立っていた。二人の眼付《めつき》は皆一様に、彼の身体に何物かを注《つ》ぎ込み、彼の身体から何物かを取出そうとするらしい。そう思うと抑え難き胸騒ぎがしてまた一しきり咳嗽込んだ。
「横になって休んで御覧。――そうすれば好くなります」
小栓は母親の言葉に従って咳嗽|入《い》りながら睡った。
華大媽は彼の咳嗽の静まるのを待って、ツギハギの夜具をそのうえに掛けた。
三
店の中には大勢の客が坐っていた。老栓は忙しそうに大薬鑵《おおやかん》を提げて一さし、一さし、銘々のお茶を注《つ》いで歩いた。彼の両方の※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》は黒い輪に囲まれていた。
「老栓、きょうはサッパリ元気がないね。病気なのかえ」
と胡麻塩ひげの男がきいた。
「いいえ」
「いいえ? そうだろう。にこにこしているからな。いつもとは違う」
胡麻塩ひげは自分で自分の言葉を取消した。
「老栓は急がしいのだよ。倅のためにね……」
駝背の五少爺がもっと
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