したように、ボーイを呼んで命令を発した。
「街へ行って『蓮花白《レンホワパイ》』を一瓶借りて来い」
店屋は明日の払いを当てにしているから大抵貸さないことはあるまい。もし貸さなければ彼等は当然の罰を受けて、明日は一文も貰えないのだ。
蓮花白《レンホワパイ》は首尾よく手に入った。彼は二杯のむと青白い顔が真赤になった。飯を食ってしまうと彼はすこぶる上機嫌になり、太巻のハートメンに火を点け、卓上から嘗試集《しょうししゅう》を攫み出し、床の上に横たわって見ていた。
「じゃ、あしたは出入の商人の方はどうしましょう」
方太太は突然押掛けて来て床《とこ》の前に突立《つった》った。
「商人?……八日の午後来いと言え」
「わたしにはそんなことが言えません。向うで信用しません、承知しません」
「信用しないことがあるもんか。向うへ行って聞けばわかる。役所じゅうの人は誰一人貰っていない。皆八日だ」
彼は人差指を伸ばして蚊帳の中の空間に一つの半円を画《えが》いた。方太太はその半円を見ていると、たちまちその手は嘗試集を攫んだ。
方太太はこの横車押《よこぐるまおし》を見て、あいた口が塞がらなかった。
「わたしゃこんな風じゃとてもやりきれませんよ。これから先《さ》きのことを考えて、何か他の事でも始めたら……」
彼女は遂にべつの道を求めた。
「何か他の方法といっても、乃公《おれ》は『筆の上では筆耕生《ひっこうせい》にもなれないし、腕力では消防夫にもなれない』、別にどうしようもない」
「あなたは上海《シャンハイ》の本屋に文章を書いてやりませんか」
「上海の本屋? あいつもいよいよ原稿を買う段になると、一つ一つ字を勘定するからね。空間《あきま》は勘定の中に入れない。お前、見たろう。乃公《おれ》があの白話詩《はくわし》を作った時、空間《あきま》がどのくらいあったか。おそらく一冊書いて三百文くらいのものだ。印税は半年経っても音沙汰がない。『遠くの水では近処の火事が救えない』、とても面倒《めんどう》だよ」
「そんならここの新聞社におやりになってみたら……」
「なに、新聞社にやると? ここの一番大きな新聞社へ、乃公《おれ》はこの間ある学生を世話して、向うの編輯の顔で原稿を買ってもらったが、一千字書いても幾らにもならん、朝から晩まで書き詰めに書いても、お前たちを養うことが出来ない。まして乃公《おれ》の肚
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