《はら》の中にはあんまり名文章がないからな」
「そんなら節句が過ぎたら、どうする積りなんです」
「節句が過ぎたら? やっぱり官吏さ。あした商人が来て金|呉《く》れと言ったら、八日の午後に来いと言いさえすればいい」
彼は嘗試集を取ってまた読み始めた。方太太は慌てて語をついだ。
「節句が過ぎて八日になったら、わたしゃ……いっそのこと富籤《とみくじ》でも買った方がいいと思いますわ」
「馬鹿《ばか》な! そんな無教育なことを言う奴があるもんか」
彼はたちまちあの時のことを思い出した。金永生から追払《おっぱら》われて、ぼんやりとして稻香村《とうこうそん》(菓子屋)の前まで来ると、店先にぶらさげてある一斗桝《いっとます》大の広告文字を見た。「一等幾万円」にはちょっと心が動いたが、あるいは足の運びがのろくなったのかもしれん、とにかく蟇口《がまぐち》の中に残っているのはわずかに六十銭。実はそれを捨てかねたから思い切りよく遠のいたのだ。彼が顔色を変えると、方太太は彼女の無教育を怒ったのかと思って話の結末をつけずに退出した。方玄綽もまた話の結末をつけずに腰を伸ばして嘗試集を読み始めた。
[#地から3字上げ] (一九二二年[#「年」は底本では「日」]六月)
底本:「魯迅全集」改造社
1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「貴郎→あなた 或・或る→ある 聊か→いささか 一旦→いったん 愈々→いよいよ 於いて→おいて 大方→おおかた 大凡→おおよそ 恐らく→おそらく 位→くらい 殊更→ことさら 此処→ここ 此→この 併し→しかし 暫く→しばらく 仕舞う→しまう 頗る→すこぶる 則ち・乃ち→すなわち 其→その 慥か→たしか 只→ただ 但し→ただし 忽ち→たちまち 譬えば→たとえば 度々→たびたび 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと て呉れ→てくれ て貰→てもら 迚も→とても 兎に角→とにかく 取も直さず→とりもなおさず 中々→なかなか 成程→なるほど に取って→にとって 許り→ばかり 甚だ→はなはだ 殆んど→ほとんど 況してや→ましてや 先ず→まず 又・亦→また 未だ→まだ 又々→またまた 丸で→まるで 若し・※[#「にんべん+尚」
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