て、彼は辞職したかもしれないと、そっと顔色を覗いて見たが、別段悲観した様子も見えない。
「どうしてこんなに早かったの」
彼女は彼の顔色を見定めて言った。
「払出しが十分でないから受取ることが出来ない。銀行はとっくに門を閉めてしまったから、八日まで待つより外はない」
「自分で被入《いらっしゃ》ったの」
彼女は恐る恐るきいた。
「自分で行くことは取消されてやっぱり会計課から分送することになった。しかしきょうはもう銀行が閉まったから、三日休んで八日の午後まで待たなければならない」
彼は席に腰を卸し地面を見詰めながら一口お茶をのんでようやく口をひらいた。
「いい按排に役所の方ではまだ問題が起らないから、大概八日になったらお金が入るだろう……あんまり懇意にしない親戚や友達のところへ金を借りにゆくのは、実につらい話だ。わたしは午後|厚釜《あつかま》しく金永生《きんえいせい》を訪ねてしばらく話をした、彼はわたしが給金を請求せぬことや、直接受領せぬことを非常な清高な行いとして賞讃したが、わたしが五十円融通してくれと申込むと、たちまち彼の口の中へ一攫みの塩を押込んだようにおおよそ彼の顔じゅうで皺の出来るところは皆皺が出来た。近頃は家賃が集まらないし、商売の方では元を食い込むし、これでもなかなか困っているのですよ。同僚の前へ行って取るべきものを取るのは当然ですから、そういうことにおしなさい、とすぐにわたしを弾き出した」
「節句の真際になって金を借りに行ったって、誰が貸すもんですか」
方太太は当りまえのような顔付で少しも口惜《くや》しがらない。
方玄綽は頭をさげて、これは無理もないことだ。わたしと金永生は元から深い識合《しりあ》いではなかった。彼は続いて去年の暮れのことを思い出した。そのとき一人の同郷生が十円借りに来た。彼は明かにお役所の判のついてある手形を持っていたが、その人が金を返してくれないと困ると思って、はなはだ六《む》ツかしい面《かお》を作り、役所の方からはまだ月給が下らない、学校の方も駄目《だめ》で、実に「愛してはいるが助けることが出来ない」と言って彼を空手で追い帰した。その時自分はどんな顔をしていたか。もちろん自分で見ることは出来ないが、何しろすこぶる息がつまり脣《くちびる》が顫《ふる》えて、頭を動かしていたに違いない。
それはそうと彼は、ふと何かいい想いつきを
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