。わたしは散々考えた末、これは目蓮《もくれん》の母親らしいな、と想った。あとで一人の和尚が出たから気がついたので、さはいいながら、この役者が誰であるかを知らなかった。そこでわたしの左側に押されて小さくなっていた肥えた紳士に訊いてみると、彼はさげすむような目付でわたしを一目見て、「※[#「龍/共」、第3水準1−94−87]雲甫《こううんほ》」と答えた。わたしはひどく極《きま》りが悪くなって顔がほてって来た。
 同時に頭の中で、もう決して人に訊くもんじゃないと思った。そこで子役を見ても、女形《おやま》を見ても立役《たてやく》を見ても、どういう質《たち》の役者が何を唱っているのか知らずに、大勢が入り乱れたり、二三人が打合ったり、そんなことを見ている間に九時から十時になった。十時から十一時半になった。十一時半から十二時になった。――そうして叫天はとうとう出て来なかった。
 わたしは今まで何事に限らずこんなに我慢して待ったことはなかった。いわんやわたしの側にいた紳士はハーハー息をはずませて肥えた身体《からだ》を持てあましていた、舞台の上のどんちゃん、どんちゃんの囃《はやし》や、紅《あか》や緑のま
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