いてみると果たして空間《あきま》がなかった。みんなが棹をおろしたところは、舞台の正面からはずいぶん離れていた。正直に言うと、わたしどもの白苫《しろとま》の船は黒苫《くろとま》の船の側へ行《ゆ》くのはいやなんだ。まして空間《あきま》がないのだから。
 停船の間際に舞台の上を見ると黒い長※[#「髟/胡」、239−1]の男が、四つの旗《はた》を背に挿して、長槍をしごき、腕を剥き出した大勢の男と戦いの最中であった。
「あれは名高い荒事師《あらごとし》だ。蜻蛉《とんぼ》返りの四十八手が皆出来るんだよ。昼間幾度も出た」と雙喜は言った。
 わたしどもは皆|船頭《みよし》に立って戦争を見ていたが、その荒事師は決して蜻蛉返りをしなかった。ただ腕を剥き出した男が四五人、逆蜻蛉を打つと皆引込んでしまった。続いて一人の女形《おやま》が出てイーイーアーアーと唱った。雙喜はまた言った。
「夜は見物が少いから、荒事師は怠けているのだ。誰だってしんそこの腕前を無駄に見せるのはいやだからね」
 全くそうだった。その時舞台の下にはあまり多くの人を見なかった。田舎者はあすの仕事があるから、夜になると我慢が出来ず皆|睡《ねむ
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