にいる飲手は皆笑い出した。
「孔乙己、お前の顔にまた一つ傷が殖えたね」
とその中の一人が言った。孔は答えず九文の大銭を櫃台《デスク》の上に並べ
「酒を二合|燗《つ》けてくれ。それから豆を一皿」
「馬鹿に景気がいいぜ。これやテッキリ盗んで来たに違いない」
とわざと大声出して前の一人が言うと、孔乙己は眼玉を剥き出し
「汝はなんすれぞ斯くの如く空《くう》に憑《よ》って人の清白を汚す」
「何、清白だと? 乃公《おれ》はお前が何《か》家の書物を盗んで吊し打ちになったのをこないだ見たばかりだ」
孔は顔を真赤にして、額の上に青筋を立て
「窃書《せっしょ》は盗みの数に入《い》らない。窃書は読書人の為す事で盗みの数に入るべきことではない」
そうして後に続く言葉はとても変梃なもので、「君子固より窮す」とか「者ならん乎《か》」の類だから衆《みな》の笑いを引起し店中|俄《にわか》に景気づいた。
人の噂では、孔乙己は書物をたくさん読んだ人だが、学校に入りそこない、無職で暮しているうちにだんだん貧乏して、乞食になりかかったが、幸いに手すじがよく字が旨く書けたので、あちこちで書物の浄写を頼まれ、飯の種にあ
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