りつくことが出来た。ところが彼には一つの悪い癖があって、酒が大好きで飲みだすと怠け出し、注文主も書物も紙も何もかも、たちまちの中《うち》に無くしてしまう。こういうことがたびたびあって、終《しまい》には字を書いてくれという人さえ無くなった。そこで日々の暮しにも差支え、ある場合には盗みをしないではいられなくなった。けれどもこの店では、彼は誰よりも品行が正しく、かつて一度も借り倒したことがない。現金のない時には黒板の上に暫時書き附けてあることもあるが、一月経たぬうちにキレイに払いを済ませて、黒板の上から孔乙己の名前を拭き消されてしまうのが常であった。
 さて孔乙己はお碗に半分ほど酒飲むうちに、赤くなった顔がだんだん元に復して来たので、側《そば》にいた人はまたもやひやかし始めた。
「孔乙己、お前は本当に字が読めるのかえ」
 孔乙己は弁解するだけ阿呆らしいという顔付で、その人を眺めていると、彼等はすぐに言葉を添えた。
「お前はどうして半人前の秀才にもなれないのだろう」
 この言葉は孔乙己にとっては大禁物で、たちまち不安に堪えられぬ憂鬱な状態を現わし、顔全体が灰色に覆われ、口から出る言葉は今度こそ
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